愛ではなく、愛着(アタッチメント)

 

「愛着」という言葉からは、愛情とか愛とかをイメージされる方が多いかもしれないのですが、愛とか愛情という言葉で伝えようとすると、ちょっと誤解を招くというか何と言うか・・・。

愛とか愛情という言葉では「相手に見返りを求める愛」という意味合いにも取れたり、「犬を可愛がっている自分が好き」などの自己愛的な要素が含まれていたりもするのですよね。

 

最近は「信頼関係」という言葉についても考えていたりします。

「信頼関係」という言葉からすると、「こっちは信頼してるんだから、そっちも信頼してよね」という、やっぱり何か見返りを求めてしまう言葉にも受け取れてしまったり。

 

まあ、人それぞれ愛とか信頼に対してイメージは違うと思いますし、正解が何かは分からないんですが、僕は人それぞれに使っている愛とか愛情という言葉が「言うことを聞くなら好きだけど、言うことを聞かないから嫌い」と捨てられてしまったり、「厳しくしつけるのも愛情だ」といって暴力を振るうということにも使われてしまうのではないかな、と考えたりもしています。

 

 

で、「愛着」で考えるということはどういうことかというと、ボウルビィの愛着理論(Attachment Theory)に基づいて犬と関わっていくということなんですね。

 

愛着に基づく関係というのは、養育者が子どもにとっての安全基地になることです。

養育者が子どもの安全基地になることで、初めて子どもは外の世界に興味を持ち「探索行動」ができるようになります。

 

で、安全基地になるにはどうすればよいのかということですが、食べ物をあげているだけではだめで、スキンシップなどの触れ合いであったり、何よりも子どもの愛着行動に応えてあげることが大切になってきます。

愛着が形成されていなかったり、不安定な愛着であったりすると、その後大人になったときにも生きづらさがでてきます。

(動物も人も同じです)

これはハリー・ハーロウの代理母の実験でも証明されていますね。

 

 

もちろん、社会のルールを教えることも大切なことですし、人の言うことを聞いてもらわないといけないことも出てくるとは思いますが、(犬も人も)まずやるべきことは「愛着の形成」だと思っているんです。

 

 

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